開こんの様子


● 記念碑( きねんひ ) (袋尻)●
松島新太郎 ( まつしましんたろう ) らによって、1929〜1932年(昭和4〜7年)に袋尻の山すそが開こんされました。
これによって、山すその荒れ地が畑に姿(すがた)をかえました。

毎朝(まいあさ )、朝から晩まで開こんしましたが、土がかたく 大変(たいへん )な作業でした。木を切りたおし、根っこをほり起こして畑にかえました。大きな木はくさるのを待ってからほり起こしました。大きな石を運ぶのは若い人の仕事で、木も1日に、1 株(かぶ)か2株しかほり起こせませんでした。

(おじいさんの話)



●記念碑(浦部)●

●ぶどう畑(浦部)●

●ぶどう畑(浦部)●
西垣梅太郎(にしがきうめたろう)らによって、1930〜1934年(昭和5〜9年)に浦部の山すそが開こんされました。
これによって、山すそが 菜園(さいえん )やぶどう畑になりました。
高瀬栄三郎(たかええいざぶろう )らによって、1907〜1909年(明治40〜42年)に町屋(まちや ) の耕地整理(こうちせいり)が行われました。
これによって、湿田(しつでん)が 乾田( かんでん )に、畑が水田にかわりました。

もどる すすむ